ファランクス
-首都防衛戦-
14. 残存艦隊
(I)空国の将軍
北華の南方に『空』という国がある。
空と書いてエアと読むなんだか当て字くさい雰囲気がするのだが、異なる言語を無理矢理翻訳していると考えていただきたい。
空国の歴史は北華よりも古い。
かの国の王族でもっとも勢力が強い遠野家は北方魔族の血をひいていて、強力な魔力を持つ。
魔力持ちの少数精鋭主義を貫いていたが、勢力を拡大しつつあった北華と国境紛争を起こしたこともある。
魔力持ち、すなわち魔導師はとても強力だが、いかんせん少数だったため、北華の物量に膝を屈した形で北華に属国となった。
ただ、属国となるにあたっての政治取引の末、同盟という形で国家としての形を保ったまま、北華陣営に所属することとなった。
さて、遠野家の王族に遠野伝(とおの つたう)なる男がいる。
遠野家といっても古い一族だから、ピンからキリまでいて、魔力がどれだけ強力かでほぼ人生が決まると思っていただきたい。
少数精鋭主義の名残だ。才能がないものは出世のチャンスはなく、この遠野伝はピンだった。
魔力ゼロ、ランク外の凡人。
一応王弟というやんごとなき血筋なのだが、いかんせん才能が無い。
才能が無くとも王族として教育すればよいのだが、魔力を偏重する家風なので物心がつくころには下野させられていた。
で、預けられた先が跡取りがいない米屋ときている。
作物の買い付けから土壌改良まで商機となるものは何でもやった。
妙に勘のよい若旦那と専らの評判で、育て親の縁でかわいい嫁をもらって、子供も生まれた。
商売は順風満帆。
そろそろ三人目が欲しいかなーと奥さんと相談していた、三十路の春、彼の体に変化が現れた。
三日三晩生死の境を彷徨い、容貌が変わってしまうほど痩せこけた結果、魔力が発現した。
大人になってから魔力が発現すると細胞の変質に身体が耐えられず、多くの場合死に至る。
彼は幸いにも生き残ったわけだが、遠野というのは怖い一族でどこから聞きつけたか、魔力持ちとなった王弟をかっさらってしまった。
あれよあれよといううちに、空国の将軍にすえられてしまった。
素人を将軍に?と思う方もいるだろう。遠野は魔力を偏重するために、強力な魔力を持つものを頭にすえるのは彼らにとっては至って普通の発想だった。
当の本人は大いに迷惑がったわけだが。
――南部戦線 北華第三集団陣地
遠野伝は胡坐をかきながら、ぴりぴりとした雰囲気の軍人たちにはばかる様子を見せず、大声で言い放った。
「ドンパチなんかやってられるか。
武勲、武勲、武勲。
そんなに殺し合いで手柄が欲しけりゃ、商人風情を指揮官なんかに任命すんじゃねえ。
戦争したけりゃ北か西に行け。
魔導師なら大歓迎だ。運がよければ生き残れるぞ」
「指揮官殿……それは暴言というものでは。
あなたは空国の誇りと面子を背負っているのです。
戦に強いこと。それが空国の存在意義なのです」
「手前ら、いっつもそれだな。
戦に強いことばっか。すぐ結果が出る方法ばっか好むな」
「指揮官殿の言っている意味がわかりませんな。
結果が求めることの何が悪いというのです」
「結果を求めるのが悪いとは言ってねえよ。
性急すぎるのはだめだと言っている」
「性急すぎるですと!?
指揮官殿はこの度の戦でまだ、一度も戦っていないではありませんか!」
「おい、ぼんくら。
手前らが今まで処理してきた書類の中身ちゃんと読んだのか。
俺はれっきとした戦争をやってるんだぞ。
今まさに南方への物流を一方通行にしてるんだ」
伝は本国から付いてきた士官との意識のずれを修正しようと躍起になっていた。
というのも、とにかく武勲を尊ぶお国柄なので、周りを見渡せば敵と見れば突っ込んでいく猪突猛進タイプばかり。
第一集団は六号街道に沿って激戦を繰り広げ、第二集団は二路港封鎖に成功し、ハボナ平原での野戦陣地攻略に動いているとか。
そんな話を聞いたらいてもたってもいられなくなるのが道理で、実際彼らの暴走の抑止に気苦労している様子。
何せ戦争の認識がずれているのだ。
北華が第三集団まで編成したのは、三方から攻め、徐々に包囲網を狭めていくという考えに基づいている。
当初は包囲網を狭めて経済的に締め上げるはずが、どうしてこうなったのか。
領土欲を出した月丘をとっちめる程度だったのだが、状況が変わったのは月丘軍が三路湾突入を成功させて戦況をひっくり返してしまったことが原因だった。
月丘の鉱物資源と肥沃な大地に目がくらんだのも一因だろう。
報告によれば六号街道沿いは消耗戦の様相を呈しつつあるとか。
やりすぎだ。伝の勘がそう告げていた。
お互いに退くに退けないところまで来てしまっていた。
月丘という国を磨り潰そうと意図しているのか。
同盟国としては、お互いが死ぬまで殴りあうのに付き合う気力はないし、月丘の抵抗の激しさにはぞっとくるものがあった。
それは南部戦線を通過していった人々の数と内訳だ。
既に数十万人が流出している。
そのほとんどが戦闘訓練を受けていない一般人や傷病兵で、一部道中の護衛として退役軍人の集団もいた。若年兵の数も多かった。
伝が恐怖したのは、生産を担う世代の流出が止まらないのだ。
皆、南の四路港に停泊する商船へと向かって逃げていく。
彼は元が商人だから、なんとなく月丘の意図が透けて見える。
月丘は国家として死ぬ気なのだ。
(畜生め。死兵と付き合ってられっか。
まともにドンパチやったら、うちの損害がどれだけになるのか想像もつかない。
目前の戦功に目が眩んでみろ。
血染めの丘と同じ目に遭うってのに、あれはお前らの思い描く戦闘ではないんだぞ。
十五日で三割死傷だって!?
損失が大きすぎる! )
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