ファランクス
-首都防衛戦-
10. 海兵隊合流<六・一六>
(III)海兵
佐祐理の慌ただしい夜が終わり、朝が来た。
兵舎から出ると、昨夜は風雨が吹き荒れた陣地は、何事もなかったように穏やかな日光に包まれていた。
顔を洗うために水場に向かうと、疲れ果てた様子の一団が彼女の脇を通り過ぎていった。
工兵たちだった。三、四百人はいる。二個中隊規模だろうか。
多くの兵が水を防いでいた。
佐祐理はただ晴れるばかりの空を見上げた。
緩降下する翼竜の姿。
一、二、三、と指を折って数えた。そのうちに、両手の指で足りなくなった。
空にはためく旗。
「あ」
彼らが来るのは今日だったのか、と佐祐理は吐息を漏らす。
海兵隊旗を見るのは二回目だ。
初めて見たのは船上。二路湾封鎖の命を受けた水艇で見かけた。
海兵隊が来たということは、手順通りであれば陸上陣地への爆撃が行われるのも近いということだ。
翼竜が危なげなく着陸した。
工兵たちとは入れ替わりに物資受け入れ担当の兵が文官に引き連れられて慌ただしい様子で姿を見せた。
駆け足で川岸へ向かう兵の後ろを川澄がゆったりとした足取りで、佐祐理の隣に並んだ。
「おはよう」
「川澄さん、おはようございます」
「一弥くん。昨日はありがとう。相沢中尉を探してきてくれて助かったよ。
君は生意気極まりないけど見直したよ」
「朝から憎まれ口ですか。あなたの娘さんもさぞかし口が悪いんでしょう」
「アレは母親似でね。清楚で美しく育つだろうよ。
君のように無駄に顔がいい優男には絶対紹介したくないね」
「あははー。是非とも紹介して欲しいですね。
川澄さんがそこまで言うなら必ず会いに行きますよ。
自宅の場所知ってますからねー」
「げ、マジで???」
「区画が違うけど近くじゃないですか。
□○×△ですよね!」
「うわっ! 番地まで合ってる。
何で知ってんの!」
「うちの情報網なめんな、ですよー。
将来有望な子をチェックするのは当たり前じゃないですかー」
「恐ろしい子!」
「僕は出世しますから。川澄さんも今のうちにつばつけておいた方が身のためですよ」
「真顔でそういうか。
君の誇大妄想癖は止まらないな!
娘は絶対やらんからな」
「川澄さんだから言いますけどね。
僕は実は……」
売り言葉に買い言葉で佐祐理はうっかり自分の出自を口にしようとしていたことに気がついて、口をつぐんだ。
一弥とは弟の名である。
佐祐理は弟とよく似ていた。髪を短くしている今ならほとんど見分けがつかない。
それを知っていたから、両親の反対を押し切り、佐祐理は名を偽って、今ここにいる。
弟は体が弱く、従軍に耐えられない。
今は戦争。後方要員や非戦闘員を含めれば数十万の人々が関わる経済活動に関わる経験などそうそう積めるものではなかった。
「何か言いかけた、かな?」
佐祐理は首を振って見せた。
「君は本当に変なこどもだな」
「こども相手に憎まれ口を叩く川澄さんも相当酔狂ですよ」
「ところで君はこの騒がしさの原因に心当たりがあるかな?
聞き覚えのない曲なんだけど」
遠くで軍楽隊による演奏が始まっていた。
曲名は、海兵行進曲だったか。
「海軍が来たんですよ」
「海軍か。いつもの荷下ろしじゃないんだろうな。
どこの部隊なんだろう」
「海軍第第八師団。
通称【吸血鬼(ヴァンパイア)】師団。
師団長は確か女性だったはず」
「へえ。さぞかしマッチョな女性なんだろうな。
でも、私の好みじゃないな。
女性はうちの女房のように、おしとやかでないと」
「確かとても美しい方ですよ。
既婚者ですが」
「見たことあるような口だね」
「うちのパーティに来てましたから」
「君はいいとこの坊ちゃんだもんな。せいぜい面の皮だけでも厚くしてくれよ」
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