ファランクス
-首都防衛戦-
10. 海兵隊合流<六・一六>
(IV)未亡人
河岸では、輸送船にタラップが取り付けられていた。
船員が重そうな木箱をひどく慎重な手つきで陸地に運び込んでいて、周囲とはわずかに雰囲気が異なっていた。
検品する文官は手慣れていながらも、細心の注意を払っているのがわかった。
白ペンキで【北川製造所】【湿気・火気厳禁】と描かれた木箱の蓋を開ける。
クッション材として敷き詰められた藁の匂いが鼻をくすぐった。
中には信管が外された爆弾矢が入っている。
このあと工兵隊が受領し、信管と火薬の調整を行う。
ハボナ平原に陣取る第五軍の野戦陣地を爆撃し、さらに首都攻略戦に用いるためであった。
水路での輸送が用意であること、爆弾矢の製造最大手の北川製造所が倉田の資本で立ち上がったことも手伝って第二集団には優先的に爆弾矢が配備されていた。
爆弾矢を配備された分航空戦力を抽出されてしまったため、海兵隊の助力が必要になった背景がある。
輸送艦艇を背に、海兵たちが降りてくる。
予備の操竜士や魔導師、術法使いの割合が多く、他の歩兵と対して変わらない装備のものもいる。
ミトラで構成された海兵たち。
女性が全体の二割もいるせいか、もの珍しさに口笛を吹く陸兵もいた。
「あら、久しぶりね」
海兵の中心で穏やかな風貌には似合わない、異様な殺気を醸し出していた女が口を開く。
それはリンディ・ハラオウンにとっては見知った顔だった。
「相沢さん」
相沢サブローである。倉田誠四郎がいる場所までの案内であった。
「こちらこそお久しぶりです。
軍務のため長らく顔を出すことができませんでした」
「祐一くんには息子がお世話になっているんですよ。
大事な時にいてやれなくてずいぶん落ち込んでいたけど、本当に感謝してるわ」
「あいつは兄の性質をよく受け継いでます。
私と違って誰とでも仲良くなれる。
いい友達ができたのは、私にとっても喜ばしいことです」
「クロノに男友達ができてよかった」
「今回は軍務でこちらに?」
「もちろん。
あなたのお兄さんを殺しにきたに決まってるじゃない」
リンディは殺気を隠そうともしなかった。
荒くれの多い海兵たちも、彼女の怨念がこもった雰囲気に触れて、背筋に走る悪寒が止められなかった。
だから、リンディと平然と話す相沢に驚きを感じずにはいられなかった。
「腕はからっきしだけど、兄は強いですよ。
兄とは、勝負で一度も勝てたことがない」
相沢の何気ないそうした言い方に、リンディはサブローが兄を今でも慕う心を感じた。
リンディは一騎当千の武力を持つ男があっさりと勝てないと言う、敵の人なつっこい顔を思い浮かべた。
相沢の兄とは旧知の間柄だが、親交を過去のものとする大きな事件が起きた。
相沢春仁らの月丘軍の三路湾突入。火の海と化す北華海軍艦艇。
一報を聞いたリンディは頭を殴られたかのような衝撃を覚えた。
海軍艦艇。炎に包まれる、その中に、戦艦エスティアがいた。
艦長は乗員を脱出させる。火計に慌てふためく兵をなだめすかすようにして退艦させた。
浮力を失ったエスティアは急速に着底する。
最後まで残っていた艦長も退艦しようとした。
あと一息と思ったとき、激しい衝撃とともに艦長はもんどりうち、意識を失った。
それまで無事だった火薬庫に引火したのだ。
轟音ともに竜骨が砕け、爆散した。
戦艦エスティア艦長、クライド・ハラオウンは帰らぬ人となった。
「知ってるわ。でなきゃクライドが死ぬわけ無いもの」
「では、司令官の天幕まで案内します」
「着任の挨拶をしないとね」
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