ファランクス
-首都防衛戦-
12. 熱く、激しく
(I)デコイ
岡崎大隊二千は西進していた。
なけなしの高速舟艇を出し、河を下る。
全員が戦闘員で武装と三日分の携行食だけという軽装である。
目的地は物見の丘――死地だ。
大隊長の岡崎直幸は地下水路を使い、先行して補給物資を地下陣地に運び込んでいた。
それも尋常ではない量の物資だ。
火力重視の制圧戦でも繰り広げる気か。
制空権もないのに、空爆でも実施する気だろうか。
空爆に関しては鱗鋼種による空爆を計画していたが、鱗鋼種が低速でかつ、護衛の航空魔導師を捻出できないことから立ち消えとなった。
今、大隊本隊の中核となっているのは古河秋生をはじめとする野戦任官によって昇格した生き残りである。
彼らは、ただ時間を稼ぐために、物見の丘に敵を誘引する役目を負っていた。
とは言っても、陸上から物見の丘に向かってしまうと空襲を受けたり、敵魔導師や術法使いによる攻撃を受ける可能性があるので、手前の窪地から地下陣地へと向かう坑道を通る予定だった。
彼らは舟艇上で、味方航空隊が摩耗する光景を目撃した。
「ありゃあマジか」
古河秋生が口に加えていた紙巻きタバコがポロリと落ちた。
わずかに遅れて、一緒に駄弁っていた兵も呆然としている。
遠目に火山種の大群が映った。
竜が抱えていた何かを落としている。
遠くから破裂音が聞こえ、土煙が空高くまで吹き上げられていた。
空爆かよ、と誰かが呟くのが聞こえる。
秋生は隣にいた将校を捕まえる。
「どこの部隊か分かるか」
その将校は、敵部隊の識別に長けていたので、官給品の望遠鏡を構えて目をこらした。
「今時、火山種をあれだけ運用できるのは海兵隊だけだて」
と、望遠鏡を目に当てたまま言った。
「先日第一集団と合流した連中か?」
「いんや。
南方白亜種はいないな。白亜に展開している海兵隊ではない」
竜の中でも南方白亜種の火力はあなどれなかった。
現状では、南方白亜種を運用するのは白亜島の周辺国だけである。
もっとも運用数が多いのは北華だった。
「この距離ではここまでが限界だて。
古河どん」
将校が懐に望遠鏡をしまう。
「っしても敵さんの兵力半端ねえな。
大隊長の話だと随分削ったらしいんだが」
北華の動員可能兵力百万は伊達ではない。
が、本当に全兵力を動かしてしまうと南河との代理戦争まっただ中の白亜戦線から兵を引き上げる羽目になる。
しかも予備役や学徒まで含めた数字なので動員すれば総力戦化してしまう。
理論上は可能ですが、実際にはできませんというのが真相だ。
一部、北華海軍の航空魔導師が現在進行形で兵力枯渇の憂き目に遭っており、このまま戦争を続けたら大幅な弱体化は必至だった。
「やっぱ、世界最大の軍事力ってのはおっかねえわ。
今、空爆を受けているは俺らの次の仕事先だろ?」
秋生は船縁を掴む手に力を込めた。
「無事を祈るしかないな。でも、一ノ瀬博士渾身の作品だて。
大丈夫でなかったら大隊長が先行するわけがない」
「こっちが地面に潜る前にあいつら、こちらにこなけりゃいいんだがな。
今アウトレンジ攻撃喰らったら終わっちまうぞ、俺たち」
秋生はわざと身を震わせた。
「我らは囮だて。
むしろこっちにきてもらわんと困る」
目を背けることなく呟いた秋生に、将校は慌てたように声を強めた。
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海兵隊には多くの少年兵がいる。
度重なる戦争での人材大量損失が主な原因だったが、その中でもリンディは好んで少年兵を使う傾向があった。
若く優秀な魔導師や士官を自分の派閥に抱え込み、要員計画を容易にするためだ。
クライドの死後、特に青田刈りを露骨にやるようになっていた。
海軍内部でも、彼女の少年兵を使うやり方が問題視されていたが、批判を黙らせるだけの成果を出していた。
今回の派兵でも、彼女の手駒の一つであり、中でも最高と呼ばれる魔導師がいた。
つまり、高町なのはの事である。
若干九歳であり、年端もいかない割に実戦経験が豊富だった。
リンディは白亜戦線に派遣していた彼女を呼び戻し、海兵隊に随行させていた。
海兵隊の主任務は第二集団の支援であり、彼らの主攻は物見の丘に注力されている。
リンディは岡崎大隊の到着阻止のため、襲撃部隊を編成し、なのはら砲撃魔導師をその中に組み入れていた。
制空権保持のため、竜四頭を充てている。
襲撃部隊は東へ、上流へと向かった。
牟田口・相沢隊の側面を守るように進む。
敵の接岸、上陸を阻止しなければ、と考える。
時間との戦いが予想されたため、自然と航空隊が先行する。
襲撃部隊としては、できるだけ待ち伏せして攻撃したい。
岡崎大隊との遭遇戦だけは避けたかった。
砲撃魔導師がこちらにいるというメリットを生かしたかった。
貴重な航空戦力でもあるなのはが空にあがったとき、先んじて斥候に出ていた操竜士からの発光信号が送られてきた。
「え」
なのはは発光信号を解読したが、信じられないと思った。
だが、操竜士は同じメッセージを繰り返し送信している。
「敵が消えた、の?」
どこに行ったの? と思った。
なのはが報告を中継し、海兵隊員が報告書を作成し、風鳩にくくりつけて第二集団と牟田口・相沢隊に送った。
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細い水路を下っていく。
秋生はたいまつを片手に、水路の天井を見上げていた。
「すごいな」
長い年月が鍾乳洞を形成していた。
ハボナ平原は毎年数センチずつ地盤が沈下していた。
観測技師はいつか平原が消えて無くなることを予測し、論文を発表しようとしたが、月丘の軍部が動きを事前に察知して軍事機密扱いにしてしまった。
ただ、雨が降るたびに毎度水没していたので、いつか湖にでもなるのではないかという冗談めかした噂が立っていた。
この観測技師のチームは水路の詳細図を作っていた。
舟艇の漕手はこの詳細図を頭にたたき込んでいた。
そうでなければ迷路に迷い込み、地下陣地にたどり着くことはできないだろう。
こんな場所で戦うのか、という思いがあった。
モグラのように地下にこもって敵と戦う。
秋生は負け戦しか知らなかった。
平時なら絶望したくなるくらい、気の滅入る撤退戦だ。
殿を引き受けるたびに死線をくぐった。
上官が倒れ、部下が死に、気がつけば秋生が部隊の最先任となり、階級も上がっていた。
指揮を引き継ぎ、士気が落ちないよう演技を続け、死期から逃れるために必死に戦っただけだった。
術法隊として防空戦闘にも参加した。
サキガケ要塞防衛にも参加した。
防空戦では脱出経路が確保されていたが、要塞を捨てて逃げ出す時は正直死ぬかと思った。
要塞の指揮官が玉砕を言い出したときはヤバイと感じた。
突撃派と脱出派で意見が真っ二つに割れ、当時一兵卒に過ぎなかった秋生の指揮官が偶然脱出派に与したため命が助かったのだ。
「今度は地下陣地か。
サキガケ要塞みたいなことにはならないといいな」
「君もサキガケにいたのか」
サキガケ、という言葉に反応する将校。
「あんたもか。脱出派か?」
秋生は階級が同じをいいことにほぼため口である。
将校は首を振った。
「突撃派だった。
攻撃直前に要塞内部で迷って遅刻したんだて。
そのまま部隊に置いてきぼりにされた」
「そりゃあ災難だったな」
「今じゃ助かったと思ってる。
突撃した連中が紙くずみたいに潰されるのを見た後じゃなあ」
斜線陣の最弱部にとりついたまではよかったが、瞬く間に包囲殲滅されてしまった。
「今回は一ノ瀬博士。いや、少将がいるし、大隊長もいるから死ぬまで戦うってことはないだろ」
そうだな、そうだといいな、と将校は言った。
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