ファランクス
-首都防衛戦-
12. 熱く、激しく
(II)攻撃
風鳩が運んできた文書には、岡崎大隊の姿を見失った、と書かれていた。
その知らせに、相沢中尉はひどく不快に感じて眉間に皺を寄せた。
胸がざわつくのを感じた。
岡崎大隊は相沢中尉の兄、春仁の直属の部隊で、母体は魔族や東方の騎馬民族侵入に対抗するために編成されたものだ。
精鋭と知られるのも道理で、戦闘詳報では頻繁に彼らの部隊名を見つけることができた。
現在の戦況から実態は寄せ集めに過ぎないだろうが、士気を高く保っているはずだ。
河を下ったのは間違いない。
引き返したのであれば、航空偵察隊によって発見されているはずだ。
彼らの目的は物見の丘を守ることだ。
遮蔽物がほとんど存在しない、開けた土地。
気をつけねばならないのは、我々がこの土地に足を踏み入れるのは初めてだということだ。
もしかしたら、秘密の通路があるかもしれない。
謀略好きの兄ならそれぐらいはやってもおかしくない、と思えた。
「牟田口中尉から伝言を持って参りました」
牟田口配下の伝令が駆け足で走り込んできた。
一日中走り回ることが多い伝令兵は特に持久力が高く、息一つ見出した様子はなかった。
「おう、続けてくれ」
「魔剣アイスソードとジンギスカンを持って行く。
吉報を待て!
以上です」
軍鼓の音が聞こえる。
牟田口隊出撃の合図だ。
戦闘狂<バトルマニア>と呼ばれる牟田口に率いられる重装歩兵隊はとても士気が高い。
倉田派に所属しているにもかかわらず独断専行を辞さないので、派閥内でも扱いに困る人物だった。
が、戦闘をやらせると滅法強かった。
「魔剣を持ってく、か。
もしかして中尉が先頭に立っているのか」
「もちろんです」
「わかった。行っていいぞ」
伝令を去らせると、相沢中尉は頭が痛くなった。
白亜戦線の戦訓から、指揮官先頭の原則は必ずしも守らなくても良い、戦闘教範が改められていた。
かの代理戦争では全身鎧<フルメイル>の重装歩兵同士の白兵戦から砲撃魔導師らによる観測射撃、戦線という名の塹壕が南北の海岸同士をつなげてしまい膠着状態に陥っている。
東西白亜は軍票を刷りまくっているという泥沼だ。
指揮官戦闘の原則が無くなったのは、指揮官は目立つので狙撃により攻撃能力を奪われるのではないか、という点に気づいたからだ。
すぐに指揮を受け継げばよいのだが、そのまま士気を保ち続けるのは難しい。
歴史の教科書を紐解けば、一騎当千の武将が射殺された事例には事欠かない。
だが、兵の立場からすると、指揮官が先頭に立って敵に突っ込んでいく様はとても勇敢であり、心強いのだ。
「牟田口中尉は何も考えてないんだろうな」
と、こっそり呟く。
真実だ。紛れもない真実で、牟田口を知る者の共通認識だ。
何も考えず、目の前の戦闘にすべてを賭けるので迷いがない。
劣勢になったときでも、決して迷わない男の背中はとても頼もしかった。
軍鼓の音、長槍構え! の合図が聞こえる。
手堅くファランクスで密集しながら丘を登っていく。
牟田口中尉は打ち合わせ通りに動いている。
今のところ敵の攻撃を受けている様子はなく、姿も見せない。
丘には茂みやくぼみがある。
しかし、大量の人間が隠れるには、草木の量が少ない。
それに上空に海兵隊の竜が待っている状況で隠れきることができるのか、という疑問もあった。
「気をつけるべきは狙撃だと、あれほど言ったのだが」
少数の狙撃手を配置して足止めを行う。
これまで遅滞防御を繰り返してきた月丘からすれば一番現実的ではないか。
配置された狙撃手には、逃げ道は無いに等しい。
狙撃手は見つかった時点でほぼ射殺するので本当の意味で逃げ場はない。
万が一のために予備兵力を待機させてあった。
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牟田口は拍子抜けしていた。
熾烈な抵抗を予想していたのに、うんともすんとも言わない。
後詰めを含めて三千。
物見の丘というさほど広くない場所に二千人以上が取りついている。
わざわざ魔剣を持ってきた意味がなかった。
魔剣の餌食にしてやろうと画策していたが、相手がいなければ意味がない。
「せっかく念願のアイスソードを手に入れたのに」
ぼそりと呟く。
この場に相沢中尉がいれば、死亡フラグだからやめてくれ、と冷静な突っ込みが入るのだが、彼は後詰めなのでこの場にはいない。
アイスソードは曰く付きの魔剣と呼ばれている。
持ち主が十割の確率で死ぬのだ。
この曰くには落とし穴があって、冷静に考えるとすべての武器は持ち主が何らかの形で死ぬのだ。
ほとんどの場合は寿命だが。
そのため、曰くは商品に箔をつけるための宣伝にすぎないと捉えていた。
ゆっくり進んでも1時間はかからない距離。
岡崎大隊が合流している?
精鋭なら望むところだ。今すぐわしと戦え。
すでに10メートルは上った。
残りは三分の二。
「腰抜けの月丘共め。
進め、頂上まではあと少しだぞ!」
アイスソードを天に掲げて兵を鼓舞する。
重装歩兵は一斉に盾を叩き、牟田口の言葉に同意を示した。
もう中腹まできた。
と、そのとき。
牟田口の視界から外れる形で左翼の草地がわずかに動き、何かが放物線を描いて投擲された。
四角い弁当箱?
投擲物に気づいた兵はとっさに声を張り上げていた。
「防御態勢!」
軍鼓がせわしなく叩かれる。
危険が迫っている合図だ。
投擲物が地面に落着する直前、牟田口以下全兵士は盾を構え終わっていた。
「スタンだ! 目と耳を塞げ。急げ!」
だがその声は一瞬遅かった。
投擲物は地面に落ちた衝撃で起爆し、閃光と耳をつんざく爆発音を物見の丘にまき散らした。
全員に衝撃が走る。
目と耳を塞ぐのに間に合わなかった兵は数秒の間全身の感覚を麻痺させられてしまった。
俗に言うピヨリ状態だ。
重装歩兵の背後にいた術法隊が救助術法であるキュア、ヒールを詠唱していたが、これらの術法の対象は個人に限られる。
戦略術法でプロテクションをかけてやりたかったが、それが可能な部隊はさらに後方にいたこと、術法の効果発現までタイムラグが存在することからいずれにしろ間に合わなかった。
別の窪みから丸い球が転がり落ちてきた。
球にはスモークボムが仕込まれており、煙幕が出現する。
上空を飛ぶ竜の目を潰すつもりなのだ。
竜の背には魔導師が乗っていて常時魔力反応の有無を監視していた。
魔導師は術法や魔片そして化学反応系の攻撃を感知できない代わりに、感度に個人差があるが魔導師が魔力を使えばどの辺りで使われたか絞り込むことができる。
魔導師は煙幕の発生を告げ、発光信号を出した。
そして魔力反応が検知が無いことも発信していた。
だが、牟田口たちが足を止めた数秒は致命的な時間となった。
それまで大地にしか見えなかった茂みや窪地から一斉に矢が放たれていた。
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