B1-1
夜神はやてが海軍に入隊したのは、幼い頃にみたある光景が心に残っていたからだった。
ひとつは、たくさんの船が燃える光景だった。
夜間、数え切れないほどの敵艦隊に向かって小艦艇が突入、停泊していた多数の艦船を撃沈したというものだ。
はやては幼いながら高台からその一部始終を目撃していた。
当時祖国の大臣のヤマモトが提案し、アイザワという軍人が計画実行した作戦。
アイザワが何故艦隊の場所を特定できたかについて未だ議論が為されているという。
ふたつめは、祖国が戦争をやっていた頃、プロパガンダにしきりに登場する少女にあこがれていたからだ。
彼女みたいな人物を題材にした小説をはやてはよく読んでいた。
はやてが特に気に入っていたのは、アリシアなる人物である。はやての記憶ではこうだ。
アリシア・テスタロッサ――南部出身。18歳。出撃回数三六一回。撃墜スコア六八(航空魔導師および翼竜、戦竜のみ)。月丘軍の魔導師の中でスーパーエースの一人に数えられる。若く、美しく、そして強かったために格好のプロパガンダの材料となり、国民への露出が多かった。
みっつめは、祖国にいた頃、近所に海軍のおじさんがいたからだ。
年齢は四〇代半ばぐらいだったか。
遊びに行くとお菓子をくれた人あたりの良いおじさんだったが、彼の左手には指が三本しかなかった。
大きくなってから海軍に就職しようと門をたたいてみたら様々な問題が存在した。
彼女は魔導師である。
自分の特殊能力を生かした職業に就いてみたいと思うのは当たり前のことだった。
だが、彼女が亡命した国には北華のような「○○航空魔導師隊」なるものは存在しなかった。
そもそも魔導師の絶対数が少ないので部隊を編成するほど数を揃えられないという実情があった。
さらに驚いたのは海軍と名乗っているにもかかわらず軍艦を持っていなかったことだ。
先の北華との戦争に負けた結果、漕手二〇名以上の艦船を建造することを制限する条約を結ばされた。
条約の適用は敗者のみ。
つまり勝者に一方的に有利な条約であり、締結時点で事実上この国の海軍は無力化されてしまった。
以後、かろうじて漕手一〇名程度の漁船を改造して沿岸警備や商船護衛を行うぐらいしかできず、海軍モドキと北華とその同盟国から陰口をたたかれている。
だから、この国では海軍よりも陸軍の方が人気がある、と近所のおじさんが教えてくれた。
近所のおじさんは馴染みのよしみと、将来大きくなったら一緒にカジノへ行く約束をしたら紹介状を書いてくれたのだから親切な人である。
海軍に入隊したはやては、彼女自身の能力と努力、身元保証人(近所のおじさんと父の友人)の強力すぎる影響力がために、異常な速さで昇進していた。
一三歳で入隊。同時に上級幹部候補生として教育を受ける。一五歳で新規艦艇の艤装委員長に任命されたのである。
/南河内陸、湖畔の造船工場
「すごく、大きいです」
はやての従兵は、目前でそそり立つモノを見て顔を赤らめがちに言った。
そう口にするものの、従兵の視線はその大きさに釘付けになっていた。
はやては従兵の言葉に対して、ナニを言ってる? このおっぱい魔神が! と心の中でぼやいたが、さすがにこの場で口にすることはためらわれた。
はやて自身も、鎮座するモノに目を奪われていたのだ。
天型二番艦――後に『夜天』と呼ばれ、北華海軍を翻弄する悪女――が裸体を横たえていたのである。
船体の長さだけならば北華の準L級戦艦(全長八四メートル)に匹敵する。喫水は浅く一階梯、漕手一六を要す。平坦な船体には帆を張るためのマストがたてられている。
はやてはその姿形に違和感を覚えていた。
「このフネ、本当に動くんか?」
なぜならば、彼女が知る限り、準L級戦艦は三階梯である。一階梯に対し片舷二四と記憶している。つまり、漕手一四四を必要としたのだ。
「漕手が少なすぎるんちゃう」
はやての声は震えていた。もしかして、色物の失敗作をつかまされたのか、と思った。
従兵もはやての懸念に気がついたらしく、船体を改めて見直し、暗澹と気持ちになった。
この時代の常識では、船は巨大なオールを使い、人力で推進力を得る。帆は補助で使う。
漕手一六では準L級並の船体を動かすことは困難を極める。
帆が装備されているので風次第では動くが、はやてたちの海は地形が複雑で風向きが安定しない。
そのため、人力がもっとも適しているとされていた。
「その懸念はもっともです。おねーさん」
突然、かわいらしい声が響いた。
船体から10歳ぐらいと思しき白い少女がトテトテと駆け寄ってくる。
「でも、だいじょーぶ。このフネは人力を必要としないのですっ! だから条約には違反しませんっ!」
ぺったんこの胸を張って、えへんとしたり顔をする。
条約に違反しない、というところを特に強調していた。
海軍軍人はみんな大きな船にあこがれる。
一度はあきらめたものだから『条約に違反しない=大きな船を造っても大丈夫☆』という論理を展開するとみんな喜ぶのだ。
今までの大人はみんなそうだった(と姉から聞いている)。
「……あれ? おねーさん?」
少女の期待に反して、はやては無反応だった。
「あれれ、どうしちゃったですか?」
はやてが微動だにせずうつむいている。少女は予想外の反応にうろたえた。
「大尉?」
従兵も異変を感じ、はやての顔をのぞき込む。
すると、はやての顔はデレデレにゆるんでいたのである。
とても相手には見せられない。
あの噂は本当だったのかなー、と。
はやてと付き合いの長い従兵は額に手を当てる。
「ゴクリ」
はやてはのどを鳴らした。
少女は、はやてがこれから育成し、調教する処女だった。
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