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2024/05/12 (Sun)
ファランクス(改訂版)

タイトル:『夜襲』

「何人も殺られた。
 敵さん、ライトニングで待ち伏せしよった。
 あかんわ。あいつら新兵ばっか狙うんや」

キーワード:小説 Kanon Air ファランクス第一章改訂版 SS 独自世界観 ファンタジー 航空魔導師 航空偵察隊 (自分の)娘が好き 今回は北華側の話 怪しい関西弁


※執筆時に城山三郎「死の誘導機」を読んでいたので所々似た表現を使っています。


修正履歴
H23.9.9 初掲載


ファランクス

-首都防衛戦-

3. 夜襲



にわかに陣地が騒がしくなり、防護服をまとった魔導師たちが離陸していく。
かれらは空中にて集合後、個々に編隊を組み密集隊形をとる。
中でも、敵陣上空まで誘導する魔導師の背中には、目印となる軍旗の幻影が投影されており、魔導師自身の魔力光を伴って風の中で羽ばたいていた。
霧島哲朗は職場から簡易宿舎へと向かう途上でかれらの勇姿を目撃しており、空中で集合を待つ魔導師が陸軍の航空偵察隊所属であることに気づいた。
防護服の隙間から風にたなびく赤く長い髪。

「神尾のお嬢さんだな」

空中待機していたのは神尾晴子である。
霧島の同郷で、陸軍唯一の魔導師部隊に所属している。
普段、仮設診療所で仕事漬けの毎日を送っているので、軍医として徴用されてから今まで、彼女が空にあがっている姿を見たことがなかった。
察するに、彼女はこれから誘導を行うのだ。
誘導を担う魔導師は、伝令や哨戒・策敵など、縁の下の力持ち的な仕事がほとんどであるのに、空襲部隊を率いて長駆、敵陣地をたたくのだから、これほど華々しい任務はない。
勇躍して、といいたいところだが、責任は重い。
誘導するとは、死へ引き渡すことである。
一〇〇名もの魔導師を集めるという尋常ならざる戦力の集中をもってしても、それは同時に一〇〇名のうち何人かを殺すことだ。
誰一人死なずに敵地を襲うことはとても難しい。
敵国の魔導師は一筋縄では行かないほど、強い。
残酷な任務であった。だが、やはり成功させねばならないだろう。
確実に彼らを導いてやることで、少しでも早く、この異質な戦争を終わらせることに繋がるのだ。
軍旗の幻影がいっそう光を強めた。
彼女の周囲に様々な色の光が瞬いている。
陽気に照らされながら、光の点はまだまだ増えていくことだろう。
霧島は晴子から背を向けるようにして、宿舎へと歩いていく。
ほどなくして、ベッドへ倒れ込むようにして寝転がると、霧島はすぐに意識を手放した。



数時間後、霧島が目を覚ましたとき、あたりは既に闇に包み込まれていた。
陣所のところどころで篝火が焚かれ、その周囲だけがまぶしいほど明るい。
風に篝火の炎がかすかに揺れている。
炎を眺めているうちに、ふと、晴子は戻ってきたのだろうか、という考えに駆られた。
戦闘のさなかは兵科が忙しいが、軍医は戦闘の後が忙しい。
今頃簡易診療所を仕切っているであろう、娘の聖のお世話になってやしないか、もしもそうであったのなら、神尾の親御さんにどう伝えたらよいのか途方に暮れてしまう。
隊門に向かって、篝火を目印に歩いていたが、その視界の
端に人の気配を感じた。
篝火に近づくにつれ、その気配から発せられる確かな息づかいが聞こえ、闇の中でぽつんと揺らめく炎を見つめる人影を認めた。
防護服の上半身をはだけさせ、長く赤い髪が炎が揺れるたびに様々な形の陰が写り込んでいる。
さらに近づくと、背後から誰かが寄ってくることに気がついて、振り返る。
霧島は彼女に挙手の礼をした。
神尾晴子であった。左脇に布切れを巻いた杖を抱えている。汗ばんで疲れた顔をしていた。

「晴子ちゃん。久しぶり」

「霧島のおっちゃんやないか。何で軍におんの」

「おっちゃん言うな。軍医として徴用されたんや。
 これでも一応は軍医中尉扱いやから、あんまし俺が老けてるような物言いはやめときや」

霧島は咳払いした後、仰々しく襟章を指さした。

「おっちゃんが軍医中尉か。
 うわっ、ほんまにうちより階級上やん。……失礼しました。中尉殿」

「いまさらかしこまっても遅いわ。違和感ばりばりやないか。わざとらし」

「中尉殿。地が出てますよ」

「軍隊言葉は肩がこる。言い方が冷とうていかん」

「命令をはっきり伝えるための方言って軍学校で教わりましたが、何か」

「で、神尾特務小尉。さっきから元気がなさそうやったなあ。何かあったんか」

「……さっき哨戒任務から戻ってきたばかりやねん」

そう答える晴子の声は打って変わって弱々しい。

「私が休憩をとる前、魔導師が空にあがっていくのを見たが、誘導していたのは神尾特務小尉であらへんか」

「そうや。うちは誘導任務を終えた後、陣地上空の哨戒をやってたんやけど、味方がぼろぼろになって帰ってくるのを見るのはさすがに堪える」

「戦果は芳しくなかったのか」

「何人も殺られた。
 敵さん、ライトニングで待ち伏せしよったわ。
 あかんわ。あいつら新兵ばっか狙うんや」

ライトニングとは月丘の『電』部隊を指した。
霧島も簡易診療所でその呼び名をよく耳にした。
主に負傷者の治療においてであったが、患者の話には一定の共通点があった。
曰く、かれらは決して一対一では戦わない。
技量が低い者、特に新兵を狙う。
戦っているうちに身動きがとれなくなる。
常に自分たちが優位に立てるように戦う。
合理的な戦い方だ。

「うちらだって地面では『そうやって』戦う。
 だけど、胸が痛いわ。
 新兵ったらほとんど十代か二十になったばかりや。
 うちらの後輩にあたるんが、空戦やってどんどん死んでく。
 うちは陸軍やから戦闘部隊の連中とは身内やない。
 そやから一歩引いて付きおうとるけど、海軍さんなんかは割り切れないんやないか」

「戦は専門外だが、戦い方に対する考え方の違い、のことか」

「もとより海軍さんは決闘者<デュエリスト>でいらっしゃる。
 喧嘩のやり方は教えても、戦争のやり方は教えていないし、最初から考えてすらいないんや。
 それだけやないけど、被害が一向に減らん」

「おい、特務小尉。地が出てるぞ」

「かまわんわ。うちらは海軍さんと仲悪いんのは事実やから。
 向こうはうちらのこと『二流』『猿真似』と呼んどるの、おっちゃん知らんやろ」

陸軍と海軍が対立関係にあるのは事実である。
全体から見れば戦況は優位に立っているのに、現場では勝っている気がしないのだ。鬱憤もたまるはずだ。

「ああ知らんかったわ。
 俺んとこは陸海で分け隔てなく患者やからな」

晴子は、ふっ、と口元だけでわらう。
彼女は、郷里にいたときもよくしゃべる娘だとは思っていた。
聖と年が近いからかわいがっていたし、魔導師としても優秀な部類に入る。
配属にあたっては、戦闘部隊に回せと、分隊長にくってかかったという武勇伝も聞いている。
残念ながら彼女が所属する組織には、魔導師による戦闘部隊は存在しなかった。
陸軍航空偵察隊とあるように、偵察専門とはいえ、晴子のような役割は必要不可欠であり貴重だった。
なぜなら、北華では、晴子たち以上に長時間の空中勤務をこなせる者がいないのである。
霧島は、話をそらせるようにして聞いた。

「聖には会ったか?」

「ん。毎日顔会わせてるで。あいつ女性宿舎使ってるんやん」

「いや、聖からは何も聞いてない」

「とっくに知っとると思ったんやない?」

そういって、晴子は訳あり顔でにやついた。
ははーん、とわざとらしく声をあげる。

「おっちゃん。聖に秘密にされたのが悔しいんやな。
 この娘好きめ」

「娘好き言うな。誰かが聞いたら誤解するやろ」

「いやいや、中尉殿は(自分の)娘が好きということや。
 うむ、男子にとってはごく自然であらせられます」

「特務小尉。誤りを訂正するぞ。娘ではなく、息女と言いなさい」

「えーやん。どこも矛盾しとらんやん」

晴子は唇とがらせて霧島をからかった。

「矛盾だらけやない--」

言いかけて、霧島はその先をのみこんだ。

「おっちゃん、ちょい黙りや」

晴子が真剣な顔つきで制止したためだ。
耳を澄ませる。
霧島には何も聞こえなかった。晴子には何か聞こえているはずだ。
もう一度、聞く。上空から微かに聞こえる衣擦れの音、そしてかすれた声音。

「火山種の鳴き声やない」

火山種に分類される龍の鳴き声はだみ声だ。火炎を吐く性質上、高熱で喉が潰れてしまう。
かすれているが、にごってはいない。清澄とした声だ。
音は円を描いている。そして、徐々にその半径を縮めている。

「ほな、こいつは高山種や」

晴子は確信を持って断言した。
そして、甲高い叫び声が夜の闇を引き裂いた。
龍が一匹、落ちてくる。
鳳凰のように大きな翼を真横に張り、腹で空気を押しつぶすような格好である。
その背中には複数の人影を乗せている。
霧島の間近に迫る、龍の姿。術法の射出音。




霧島聖は簡易診療所で、先の空襲から帰った者達の手当をしていた。
少なからず死傷者が出ており、先ほど一人が息を引き取った。
まだ、十八の少年だった。
若年兵の航空魔導師。戦闘部隊。味方攻撃隊の護衛についていたが、ライトニングの迎撃阻止を行った。
ライトニングは緩降下攻撃体勢に入った先陣を急降下攻撃により撃破したのち、再度上昇。後続する第二攻撃隊を背後から襲った。
この魔導師は高速飛行するライトニングの進路をずらそうと横からの攻撃を試み、一小隊を引きはがすことに成功した。
しかし、その直後に被弾し、深手を負った。
陸軍の航空偵察隊に拾われて陣へ帰ることができたものの、危篤状態に陥ったのである。
うわごとで母の名を呼び、そして死んだ。
聖は少年の名前を知らない。

「何事だ!」

外が騒がしくなった。
甲高い龍の鳴き声が聞こえた。
高山種が降下するときに発する声だった。
診療所の中が騒がしくなった。
ベッドに寝ていた傷病兵がおびえ出す。
中には古参兵もいる。
高山種の降下攻撃。危険を省みず腹を見せつけ、龍が背負った突撃または狙撃術法部隊が攻撃を発する。

「敵種、ロングランス!」

月丘のベテラン部隊だ。
攻撃が終わった直後の警戒感が薄れた時を狙っての夜襲である。
投弾。弾着。
酸特有の鼻につくにおいが漂っている。

「聖、おるんやろ」

晴子の声だ。誰かに肩を貸している。
息を切らしていて、あわてた様子だった。普段の彼女らしくない。

「軍医中尉殿がやられた。アシッドの直撃を喰ろうてもうた。
 うちの目の前で……すまん」

「謝るな。すぐにベッドに寝かせるんだ。
 手当するぞ!」

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