ファランクス
-首都防衛戦-
11. 地下水路
(III)作戦第二十八号
一路湾からハボナ平原にかけて、十数箇所の観測所が設けられているが、その全てが通信途絶した。
つい数分前にも、最後の一箇所が【大編隊迫る、数】の一報を入れるも通信を絶ってしまった。
恐らくは無事ではいられまい。
梓隊から通信が入ってくる。
通信魔導師の顔はクシャクシャで悔しそうにしている。
感知した魔力反応や傍受した内容を白板に写しとり、地下陣地上空の様子を図示した。
空戦の様子を知らせる板には【X】の文字が描かれ、味方の通信が消えた位置を示していた。
一ノ瀬鴻太朗は地下の指揮所にいながら、すり潰される味方航空隊の悲鳴を聞いているように思えてならなかった。
天井が、地面が絶えず震えていた。
爆弾の破裂音が聞こえ、陣地内に埃が舞った。
「圧倒的な物量差か」
敵はいったいどれだけの爆弾を叩きつけているのだろう。
爆音に切れ目がない。
あちこちで着弾し、砂煙を噴き上げているはずだ。
地下陣地にこもっていなければ発狂していたかもしれない。
梓隊は退避したか、掃討されたかのどちらか。
敵が来たら逃げろ、と梓隊には言い含めてあるが、全員が命令を守るだろうか?
いや、圧倒的な戦力に対しても立ち向かうだろう。
彼らは船に乗ることを拒んだ連中だ。
死ぬことを選んだ連中だ。
作戦第二十八号を発した。
内容は、ただ耐え忍ぶこと。
梓隊が消えてなくなろうが、徒歩のみでは空飛ぶ猛獣どもに勝てない。
我々が用意した狩場に、北華が足を踏み入れるまで、何があっても待つのだ。
虎視眈々と力を溜め込む。
だが、辛い、とても辛い。
顔見知りの命が消えていくのはとても辛いことだ。
「少将。
各攻撃点への野戦食の運び込みが終わりました」
部下が言う。
岡崎直幸という名前で、相沢春仁の腹心という触れ込みではあったが、実戦慣れしていて落ち着いた様子だった。
「ご苦労様。
岡崎君、兵の様子はどうでしたか?」
「みんな作戦通りに行動しています。
不安そうにしている者もいましたが、陣地がよくもっているおかげで動揺した様子はありませんでした」
「うん。よろしい。
これから長くなりますからね」
「それと、手紙の件ありがとうございます」
鴻太朗は、週に一度、兵たちと家族との間に手紙をやり取りする場を設けている。
一年のほとんどを家族から離れて土木作業に従事していた。
敵はどんどん首都に迫ってくる。
焦りもするし、不安にもなる。
やり場のない怒りを持ったかもしれない。
戦争を始めたのは彼らではないからだ。
戦争を望んだのも彼らではないからだ。
少しでもガス抜きを、安心感を、生きる目標を与えるために、家族との手紙のやり取りをする機会を作った。
手紙は首都へ続く地下水路を通じて、補給物資と共にやってくる。
平時なら風鳩を使うのだけれど、鳩の飼育に手間がかかるし、何より地下陣地の場所を秘匿する必要があったので、水路を使う方法を採用した。
鴻太朗自身も利用している
手紙には娘の成長記録が綴られていた。
親がいなくても子は育つというけれど、娘が「会いたい」と言っていることを知った日は胸が張り裂けそうで、目頭が熱くなった。
岡崎は父一人、子一人だった。
妻がいたが、子を産んですぐ亡くなっていた。
出撃の前に、息子と喧嘩して、結果的に息子を傷つけてしまったことを今でも気に病んでいた。
和解はしていない。
だが、定期的に手紙のやりとりをしている。
やりとりが出来るということは、息子が無事だということを意味している。
そっけない内容だったが、生きているとわかるのだ。
これほど彼の心を癒してくれることはない。
手紙の中で、岡崎は息子が首都を脱出するのに成功したことを知った。
国民を各国へ脱出させる計画があって、鴻太朗の家族も脱出している。
おかげでこの国に残っているのは、残ることを志願した者だけだった。
子供がいる家族を優先して脱出させた。
ここにいる兵たちも将官も、子や妻、親たちが無事であることを知っている。
新天地に向かっていることを知っている。
だから、狂いもせず、耐え忍ぶことができた。
生きて帰れないかもしれない。
たかが数千。
されど数千。
この陣地は容易には抜かせないし、水際でどれだけ相手の戦意を削り取ることができるのか、それは兵のがんばりと、自分たちの指揮にかかっている。
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