ファランクス
-首都防衛戦-
11. 地下水路
(IV)物見の丘
空爆が終わった。
首尾は上々。損害ゼロである。
が、リンディは内心では満足していなかった。
観測部隊の一部とおもわれる航空隊の抵抗があったとはいえ、抵抗があまりにも少なすぎた。
事前に【挽肉街道】つまり六号街道で兵站の任についているレティ・ロウランから聞き込んでおり、レティは月丘の防空戦闘の苛烈さについて触れていた。
彼我の航空隊の質が逆転しているため、大編隊による人海戦術で制空権を奪取しようと試みるも、敵エースの撃破が難しい状況だった。
先日、【電】部隊のエースであり、首に賞金がかかっていたアリシア・テスタロッサを撃墜した。
つまり【電】部隊は実質壊滅したと言えた。
だが、それでもなお、彼らを穴を埋めるように航空魔導師が補充されている。ジリ貧にもかかわらず、脅威の抵抗を見せていた。
リンディの仕事はもっぱら空爆と上陸戦闘である。
海兵隊なので、海というか水路とは切っても切れぬ縁がある。
隣にいる先任の海軍将校は移動倉庫隊。
物資輸送と在庫管理を一手に引き受けているやり手だ。
第二集団の司令官である倉田誠四郎と空中戦を繰り広げる様は痛快ですらある。
「ロウラン先任士官」
リンディは、鏡を見ながら、髪の手入れをする気障男に声をかけた。
反応はない。
「聞いてます? 先任士官」
再度声をかける。
今度は反応あり。
手でちょっと待て、のジェスチャー。
続いて指先で机を叩き、待っている間にコレを見ろ、とジェスチャーを加えた。
「これ?」
リンディは紙を拾い上げた。
紙には何やら文字と数値が書きつけられている。
「うぐ」
と、内容を理解するなりリンディはうめき声を上げた。
ダラダラ、という擬音が似合いそうなぐらい額に汗を書き始める。
自分で頼んでおいてあれだが、ちょっとコレは、と予想の斜め上を行く数値に脱帽した。
髪のセットを終えた気障男は、凝視するリンディから紙をつまみ上げて机に戻した。
「どうだい?
今回の空襲で使った弾薬、竜の餌等々。竜六十頭分だ。
大尉に頼まれた件はひと通り記録しておいたよ」
「……思ったよりも経費食ってますね」
リンディはこめかみのあたりがひきつっていたが、平静を努めた。
だが、気障男はリンディが気を張る姿など興味ないと言わんばかりの様子。
彼の興味は数値と自分の身だしなみのみであった。
「だろう?
僕ら経理屋が以前から警告していた。
爆弾一発よりも人件費の方が安いって」
「調達をやるのはあなたたちの仕事でしょう?
今後、このやり方が主流になるかもしれないのですから、研究しておいて損はないでしょう」
「そりゃ、ね。
やれ、と言われるならやるさ。
どんなに無茶な要求でも、波風立たせず、常に在庫を管理するのが僕らの役目。。
死ぬほど働いても評価されないのは頭に来るけどね」
「本当は砲撃魔導師に収束魔法を撃たせて、都市を丸ごと破壊してしまうのが一番効果が大きいし、その用意もしてきたのだけど、頭のお固い連中に反対されて実行できないのよ。
たまたま、適材が少年兵だっただけじゃない」
「待て待て!
少年兵を前線に出すのはちょっとなあ」
「彼女はまだ九歳だけれど立派な魔導師よ。
信頼と実績の実戦経験豊富などこにでもいる普通の子よ。
偶然力を手にしていて、その力を存分に発揮できる場所を提供するだけなのに」
リンディは頬を膨らませる。
非常に愛らしい姿だが、気障男にはどこかネジが抜けてしまったような発言に気圧されていた。
彼女はいつからこんな風であったか。
友人、クライドが存命だった頃から彼女はこうだったか?
いや、そんな素振りは全く見せなかった。
「彼女の収束魔法は最高よ。
もちろん空爆で都市を燃やし尽くす様を想像するのも最高の楽しみよ」
クライドが死んだことを彼女は引きずったままだ。
過剰な程火に執着しており、夫の復讐を成すことで頭がいっぱいになっている。
リンディの姿が痛々しくて、レティには見せられないな、と気障男こと、ジグムント・ロウランはだれに告げるでもなく呟いていた。
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倉田誠四郎は部下とともにハボナ平原の俯瞰図を囲んでいた。
先日の爆撃で敵航空隊を壊滅させたが、ハボナ平原には一箇所非常に重要な場所がある。
最も高い場所で、高さが三十メートルほどのなだらかな丘がある。
物見の丘と呼ばれ、平原一帯を見渡すことができる。
しかも河川と近く物資輸送の面でも非常に都合がよかった。
誠四郎は物見の丘を確保しておきたかった。
仮に敵戦力が物見の丘に出現した場合、僅かな差であろうと、敵は高所を得たことになる。
月丘軍の情報伝達能力の高さは類を見ない。
情報の入手から行動開始までの時間が短いのだ。
北華ではそうはいかない。
全体の数も多い上、組織が硬直していることもあって情報伝達の速度がどうしても劣った。
誠四郎は口を開いた。
「物見の丘は無視できない」
陸軍の面々や、移動倉庫隊や海兵隊の主も頷くのを見て取った。
全員がハボナ平原を踏破する上で唯一と言ってよい高所の意味を理解していることを確認した。
「昨日、航空偵察隊から、岡崎大隊が西進しているとの報告を受けた」
精鋭じゃないか、と誰ともしれぬ嘆息が漏れた。
「船を使って移動しているため、予想では二日後には物見の丘に辿り着く計算だ」
「敵ながら速い」
牟田口が驚きの声を上げる。
岡崎大隊の展開が速いのは、ハボナ平原を通過されると首都にたどり着かれてしまうからだ。
六号街道に兵力を集中しすぎて他の方面にまで手がまわらないのだ。
それを見越して第二集団、第三集団が編成されているのだが。
かと言って最初から兵を置いておくこともできるが、今回に限っては兵を最小限にとどめておいて正解だろう。
物見の丘にも空爆の被害は及んでいた。
空爆が面に対して行われ、命中率を気にしていないので何発から落ちている。
「まずは物見の丘を奪取するぞ。
制空権はこちらにある。
先鋒を務めたいものはいないか」
ここぞとばかりに、牟田口が手を上げた。
戦闘狂と揶揄されるだけの事はある。
「私にお任せ下さい!
すぐにでもとって来てやります」
「よし牟田口中尉か。行け!
後詰には相沢をつけてやる」
相沢が後に控えていると聞いて、牟田口は俄然やる気になった。
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