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2024/05/12 (Sun)
ファランクス(改訂版)

タイトル:『六号街道制空戦<六・六> (I)』

「全隊、前へ」

キーワード:小説 Kanon Air ファランクス第一章改訂版 SS 独自世界観 ファンタジー 航空魔導師 航空偵察隊 アリシア・テスタロッサ 話数分割 補給 傭兵


※執筆時に城山三郎「死の誘導機」を読んでいたので所々似た表現を使っています。


修正履歴
H23.9.19 初掲載


ファランクス

-首都防衛戦-

4. 六号街道制空戦<六・六> (I)



結論から言えば、霧島は命に別状はなかった。
背中と腕に酸を浴びてやけどを負っただけだ。両手が無事だったため多少の制限があるものの仕事することができた。
希望すれば後方への移送もできたのだが、聖をおいて前線から退くつもりがなかったため、彼女の補佐に回る形で落ち着いた。
霧島以外にも酸を浴びたものがいたが、やはり命に別状はなかった。
だが、夜襲の被害はそれだけではすまなかった。
酸を浴びた革製品が使いものにならなくなり、なによりにおいが酷い。
騎馬の餌となる一帯の牧草がすべてだめになり、風鳩の飼料も酸でだめになってしまった。
麦などの食料も一部廃棄せざる終えない状況だ。
人的資源への被害は軽微である。しかし、飼料食料に被害が及んだことで、軍事行動が難しくなった。
主計課のレティ・ロウラン小佐が補充兵と補給物資を携えて陣地に到着したのはその三日後のことである。


レティは、にわかに騒然とする隊門の前まできて、呆然とたたずんでいた。
陣地が襲撃されてから日が経っていない様子だが、矢箭が飛び交っている様子はない。
その証拠に自分が引率してきた補充兵の様子はおだやかなものだ。
新兵の割合が多いけれど、熟練兵の数をそろえることができたおかげでみんな落ち着いている。
中央では第一集団は苦戦続きだと聞いていたが、今のところエンセン気分が漂っていない。
ただ、陣所が騒がしいのが気になった。

「騒がしいな」

彼女の後ろにいたラリー・フォルクも陣所の異変に気づいたようだ。
本来傭兵であるラリーがこの場にいるのは、空中勤務者の不足に悩む海軍が出した一つの回答である。
北華の軍制は常備兵を採用していたので、基本的に傭兵を雇い入れる例が少ない。
ラリーは傭兵でかつ航空魔導師であった。
今回、補充する熟練兵はすべて傭兵で構成され、新兵が正規兵という人材不足を反映したかのような構成になっていた。

「あら、フォルク特務小尉」

「激戦地だと聞いていたが、この様子では何かあったな」

ラリーはそういって、風に運ばれてきた異臭に顔をしかめた。
傍らにいるロウランを見やったが、彼女は顔色一つ変えていない。
この母になったばかりの女の鉄面皮に恐れ入った。

「この臭い。アシッドね」

ロウランは冷静に臭いを断じる。
アシッドとはアサルトアシッドを指す。
突撃術法の一つで広範囲に酸をばらまく。
対人攻撃としては効果が今一つだが、今回のように食料や飼料を被害が及んだ場合は甚だしい被害を受ける。
また、土地への影響が大きいため、肥沃な土地における会戦では敵味方双方が使用を避けるのが習わしだ。

「おいおい。敵はそこまでやるのか!?」

ラリーは驚きの声を上げる。
それはなぜか。土地に酸をまくということは、一時的にせよ、その土地を枯らすと言うことだ。
土地へ作付けができなければ食料を得ることができない。
食料ができなければ人はその土地を去っていく。
家畜も育てることができない。
人口が減り食べ物も減る。
戦に慣れたものの中には今回の戦争を異質であると表現するものがいた。
何かがいつもとは違った。
ありとあらゆる資源が消費し尽くされる、そんな戦争。
少なくとも、敵は何かを得るためではなく、何かを捨てるために頑強な抵抗をやめない。
焦土戦術という言葉が頭をよぎった。

「どうやら敵の指揮官は手段を選ばないようね。
 でも、何か変ね」

そう、水が毒が投じられていない。
牧草も一部焼き払った後があるものの、ほぼ手つかず。
焦土とするには中途半端だった。
やはり後退戦術なのだろうと思った。
そうであれば、首都に向かって前進を強いられている理由も説明が付く。
だが、前進を続ける理由がもうひとつあった。
北華軍第一集団には大きな問題点が合ったのである。
その問題とは何か。馬匹のかいばが不足していたことである。
レティの護送補給部隊が輸送した分だけでは明らかに足りなかったのだ。
元から現地補給への依存度が高かった面もあった。
というのも、馬匹の維持は人間よりも高くついた。
彼ら北華軍第一集団が六号街道に沿って進軍していたのは、舗装路のおかげで馬車による輸送が容易だったためだ。
月丘側も同じ理由、つまり後方からの補給がやりやすいため軍を置いていた。
それだけに進軍経路を予測ができ、計画的な陣地構築を許したのだった。
北華軍第一集団は、歩兵・騎兵・攻撃力を維持するために前進しなければならなかった。
奥へ、奥へと首都に向けて誘引されているのがわかっていても、長大な補給線を敷いて定期的な補給を可能にしていても、人馬の腹を満たすためには前進が不可欠だった。
食料と兵を補充した北華軍第一集団は街道を前進するべくオムラへの道に対して安全な空を求める。
既に一〇〇〇名以上もの魔導師を喪失していたにもかかわらず、北華軍第一集団は戦力集中の原則を守った。
補充したばかりの傭兵からなる熟練部隊を、惜しげもなく過酷な空へと送り込むことを決めた。
さらに軽歩兵部隊を前進させ、騎兵隊を副攻として側面を脅かし、敵に分散を強いる。
そして防空戦闘で疲弊したところを、休む暇を与えずに攻撃する、といった作戦も同時に進行していた。
さらにオムラを奪取すれば、広大でかつ良質の牧草地が広がっている。
魔導師の次に虎の子の騎兵隊を維持するべく、総勢二万もの兵士たちを戦場へと駆り立てたのだった。



+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×

六月六日 十八歳 初夏 オムラ、航空兵宿舎

華奢な体つきした女だった。
大きな目。父親譲りの柔らかな金髪。
鍛え上げられ引き締まったからだ。
闘志だけがぎらついている。
その夜は、空戦の後とは信じられないほど穏やかだった。
彼女の撃墜スコアは六十五にまで伸びていた。
戦域離脱が〇.五扱いなので一〇人離脱させた計算だった。

「本当ならあなたは恋を楽しむ年頃よ」

マルセラ・バスケスはベッドに寝ころんだまま、見た目と実績がつり合わない少女に話しかけた。
彼女は不意をつかれて振り返った。マルセラからそういう答えを予想していなかった。
彼女はマルセラと同い年だった。
マルセラも一八歳である。見た目はマルセラの方が大人びていた。
彼女はもともとマルセラがとくに好きというわけではなかった。
先輩の魔導師が後送されたときに、

「彼女、ひとりなのよ。
 よかったら、あなた、そばにいてあげて」

と、言われたのがきっかけである。
そのころマルセラがいた『突』部隊は壊滅しており、彼女が隣のベッドに移ってしばらくして、『剣』部隊へ異動になった。
飛行特性の違いから一緒の部隊ではなかったが、ほぼ毎日顔を合わせたことからよく話した。

「恋って、わたしだって」
「ちゃんと恋人作って、幸せ感じたことある?」

彼女は沈黙する。
この点において、マルセラの方が経験豊富である。
マルセラは空の撃墜スコアは一〇に満たなかったが、私生活の撃墜スコアは一〇を超えていた。
入隊前にこの人こそ!と思う相手がおらず、結果的に遊んでいるように見えたという事実があった。
マルセラの前で黙りこくる女は見た目からして華があった。
彼女は年齢よりも幼く見えた。
年相応の話を振るといつも初心な反応が返ってきた。
マルセラは、彼女の純粋さが好きだった。
恋をしたとき、女は美しさを増す。
軍のプロパガンダに使われるほどの作りものめいた美しさを持つ女が、さらに輝いたらどうなるのだろうか、という期待感があった。
たぶん嫉妬するだろうな。
そしてうらやむんだろうな。
マルセラは彼女が口を開こうとするのを待つ。

「ちゃんと、幸せだって感じたことあるよ」

「へえ、家族ってのは、なーし」

「うっ……」

図星だったのか、彼女が唇をかむ。

「マルセラは意地悪だ。わたしが経験したことがないことを、まるで、当然のように言う」

「そういう風に聞こえた? そんなつもりはなかったわ」

本当に、彼女はかわいいのだ。
少しばかり優越感に浸ることができた。
なんて言ったって、ムキになった時の彼女といると、同い年の少女の会話ができるのだ。
マルセラにとってこの時間は、とても癒された。
じきにあとかたもなく消えてしまうことを承知の上で、他愛のない会話をする。
まるで遊びだ。
彼女は反論の糸口がつかめず、うなっている。
それにしても、直接言い過ぎたか?
そう思ったとき、彼女はうなるのをやめ、じっとマルセラを見つめていた。
真剣な瞳にどきりとした。

「わたしは恋を知らない。
 知らない方がいいの。
 だって恋をして、どんどん、知らない自分になっていくのが怖いの」

つぶやく声は真剣そのものだった。
戦争が始まってはや一年以上。
北華の物量を前にして、自領への転進の知らせばかりが続き、自分たちが所属する第三軍も後退を繰り返した。
連日激しい戦闘が繰り広げられ、死が身近な世界の出来事になった。
先輩や後輩の戦死も少なくない。
航空魔導師の消耗率は、確率としては当初の予測よりも低く押さえられていると思うのだが、実感はなかった。
マルセラは彼女の手をとった。
緊張していたのか、濡れたあたたかな手だった。
その手をつかんで、彼女を引き寄せた。

「いいの?」

彼女は年を押した。自分でない誰かになってもいいのか、という問いである。
実感はなかった。
彼女がいずれ、変わっていくのはわかっていた。
すでに早くからマルセラは彼女をいとおしいと思っていたのだ。



+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×

観測所からの報告により、敵の動きを察知した幸村は、ゾレアンらに策敵密度を上げるように指示した。
これを受けてゾレアンは『長槍』部隊を策敵任務へ投入することを決めた。
『電』『剣』『楯』『貫』『鉄』といった各部隊と比べても、もっとも飛行時間と航続距離が長いことが理由だった。
特に『電』部隊などは後続力が短い。
彼らを迎撃任務にあて、『長槍』を策敵にあてたのは当然の判断だった。
北華の陣所から飯炊きの煙が多く上がっていた。
兵員が補充されたのは明らかで、陣地が動き出すのは間近であると考えられたのだ。
ゾレアンは念を入れ、他所を守る同僚の将校らと一緒に魔法使いの意見を容れながら防御計画の確認を行った。
まだオムラの陣地構築が完了していなかった。
幸村は言う。
敵将斉藤仙刃は戦闘の長期化を望んでいない。街道を進軍路に選んだ以上、前進を続けねば人馬が飢えることを知っているのだ、と。
北華軍第一集団の行動パターンのうち、明らかなのは占領予定の土地への収奪を避けることだ。
できるだけ、補給部隊からの物資を頼りとし、本当に足りないものを現地調達するのが斉藤のやりかただ。
そして、全力出撃をかけてくる。
幸村は、何度も斉藤と戦ってきて実感していた。
重装歩兵よりも軽装歩兵を好んで使ってくるあたり、進軍速度を重視する男だ。

「斉藤は手練れです。正面対決は避けましょう」

魔法使いが言った。
皆は異存がない様子だった。
総兵力差は二倍。航空部隊に至っては五倍もの物量差があった。
斉藤は敵陣地に突破口ができたら、突進して戦果を拡張しようとする。
小兵力でも敵の拠点の側面や背後にまわりこんで攻撃する傾向にあった。
嫌らしいのは重装歩兵をあまり使わないところか。
こちらが会戦を望んでいないのを知っていて、戦術を適したものに変えるだけの柔軟性があった。

「では、当初の計画通り陣地戦を行う。
 戦況如何によっては陣地放棄もいとわない。
 幸い、相沢将軍から防御期間の指示が来ていない。
 自由にやらせてもらおう」

「では、引き続き制空権の維持に努めましょう。
 敵の魔力反応が増大しているのが気になります。
 ゾレアン殿、航空隊の対策は?」

「現在、防空術法隊の配置を急いでおる。
 通信魔導師も同行させた。
 通信網の構築は七割と言ったところじゃな。
 策敵に関しては『長槍』部隊を割り当てた。迎撃部隊の連中は休ませている」

「後は敵の出方次第ですか」

「そうなるな」




+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×+×

「全隊。前へ」

斉藤仙刃の命令は簡潔であった。
次々と歩兵を乗せた馬車が進発していく。
その中に鳩舎を背負った兵士の姿が見える。
通信手段を確保するためだった。
斉藤は、今回の戦は敵が陣地構築を終える前に仕掛けるのが得策である、と判断していた。
陣地が不完全ということは防御力に不安を残すことだ。
簡単にこじあけられる穴も多いと考えていた。
敵は幸村だ。楽観するつもりはない。
会戦も、野戦も、上陸戦も、海戦も、陣地戦も、山岳戦も、要塞戦もそつなくこなす敵だ。
油断できるわけがなかった。
斉藤は考えた。たった一つでいい。相手になくて、こちらにはあるカードは何か。
答えは物量である。
組織だった戦力をぶつけ、数の優位を保ったまま傷を広げるのだ。
こちらは傷を負っても手当できる。
敵はそれが難しい。
斉藤は、傍らにいた士官へにこやかに話しかけた。

「さて、圧し潰そうか」



オムラ攻略作戦が発動した。
陸上部隊の進軍に先立ち、陸軍航空偵察隊は所属する魔導師ウェイク・ランスターを天候観測に出発させていた。
そのランスターから霧に注意せよ、また、山側の空に雲多し、という報告が届いた。
神尾晴子はまだ朝靄の立ちこめる陣地から空に上り、ほぼ二〇分後、上空で集合していた戦闘部隊や対地攻撃隊を合わせ合計三〇〇と合流した。
母鳥を慕うように寄ってくる若年兵は防護服のマスク越しに、あどけなさが残る顔で手を振っている。
晴子は、胸の中が熱くなった。
後輩の顔も、その中にあるはずである。
彼らは別世界の住人でも海軍でも何でもない。ふつうの人間として、死地へ旅立っていく。
同時に晴子は、てんでばらばらな防護服をまとった部隊が、彼らから一歩退くようにして空を飛んでいることに気がついた。
それぞれ剣と籠手を模した軍旗の投影。
『スパルタクス』と『ガントレット』部隊である。
傭兵で構成された戦闘部隊。全員が熟練兵である。
対地攻撃隊の護衛につく男たちの姿に頼もしさを感じた。
地上では無数の馬車が走っている。
幌がないので、軽装歩兵や弓隊、爆弾矢を装備した工兵隊を見ることができた。
作戦前に聞いた話では、司令部と一緒に医術隊も動く。
斉藤のそばには聖や哲朗もいるだろう。
晴子は街道の西側へふくらむ進路を取った。
天候は快晴。
青い空には刷毛のような巻雲があるだけで、絶好の攻撃日和だった。
山側は翼竜隊の進路だった。竜使いたちは霧の中へ、飛びにくい空の中にいる。
オムラの手前で翼竜隊と合流する手はずになっていた。
行程の半分がすぎようとした頃、高山種らしき鳴き声を聞いた。
『スパルタクス』『ガントレット』が両翼で併走している。
彼らの緊張が一気に高まった。
高山種は速い。相手をするには骨が折れた。
だが、鳴き声が近寄ってこない。
一定の距離を保っているようだ。
晴子は敵が接近しないのをみて、誘導の条件が強襲に変化したことを感じ取った。

そのころ、航空隊を発見した『長槍』部隊の竜使いの背中で、通信魔導師が最寄りの観測所を経由して、敵発見、の通報と位置の連絡を合わせて行っていた。
うかつに手を出すには数が多すぎた。
その数、約三〇〇。



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